二宮清純が語る「小学生の全国大会」

2022年11月17日
                           ラグビーキッズインタビュー
 
これからのラグビー
二宮清純氏に聞く
 
ラグビーキッズは「こども世代へのラグビー普及」をテーマに活動しています。現在、こども世代のスポーツへの取り組み方に変化が起きており、学校でのクラブ活動のあり方、活動時間、指導法が再考され、柔道連盟による小学生の全国大会の廃止など、大会のあり方についてもさまざまな意見があります。チャンピオンシップの大会が小学生に必要なのか不要なのか、ラグビーキッズとして識者にご意見をうかがって、これからのラグビーについて考えていきたいと思います。第1回目のゲストはスポーツジャーナリスト二宮清純氏です。
 
――柔道連盟が過度な指導者の指導や審判への暴言などの理由で小学生の全国大会を廃止しました。日本一を決める勝ち抜き戦をどう思われていますか。
「日本では中学、高校時代に日本一を決める大会が多くあります。高校野球が最たるものですが、ノックダウン形式で試合に負けると次がないという試合方式は、時間の制限など物理的にそうせざるを得ない背景があるとはいえ、私は勝ち抜き戦よりもリーグ戦が好ましいと思っています。夏の甲子園は1校だけがチャンピオンとなり、あとのチームは敗者になるノックダウン形式です。リーグ戦であれば勝ったり負けたりしながら試合を経験できます。勝つ喜びも負ける悔しさも味わえるリーグ戦が好ましいと思います。日本では高校野球なら甲子園のように一か所に集まって大会が開かれるケースが多い。いわゆるセントラル方式ですね。ホームアンドアウエー方式を採用すれば、相手のチームの文化や歴史についても知る機会が増え、いろいろな学びがあるでしょう」
 
――試合を各地でするという事でしょうか。
「高校野球は甲子園、テニスであればウィンブルドン、高校ラグビーは花園。それぞれ聖地はあっていいと思います。一方でホームアンドアウエー方式や地区のリーグ戦を増やすという考え方があってもいい。今後は集権制より分権制の発想がより求められると思います」
 
――高校野球の例が出ましたが、大人のラグビー界では、1987年に世界一を決めるラグビーワールドカップが始まりました。小学生のラグビーで日本一を決めるトーナメント制は必要でしょうか。
「柔道は廃止しましたが、勝利を目指す事自体は悪い事ではないと思います。ただ、勝利以外は否定する事はよくない。オールオアナッシング的な考えは幅が狭い。柔道は日本がルーツ国ということもあり、オリンピックで金メダルを取れなかった選手が、すいません、と謝ったりします。ある水泳の選手が言っていましたが、オリンピックで4位になりメダルが取れなかった時に、税金の無駄使いをするなと批判されたと。ラグビールーツ国であるイングランドは勝利至上主義から距離を置きつつあります。11月28日の朝日新聞に西ロンドンの老舗クラブ「Wasps」アスラム会長の次のようなコメントが紹介されていました。「我々のクラブでは勝利やスコアではなく、純粋にラグビーを楽しんでほしいので、15歳以下まではリーグ戦を設けていません。公式記録をつけないし、リーグ戦にも報告しないので順位もありません。だからのびのびとプレーできます。」リーグ戦もない、というのは驚きでしたが、日本も参考にすべき点があるでしょう」
 
――柔道の全国大会が廃止になった理由に、選手の体重を増やしたり減らしたりの過度な指導が行われていたとの理由があったと聞いています。過度な指導法に関して聞かせてもらえますか。
「柔道だけの問題ではないでしょう。過度な指導は弊害を生みます。野球ではボールの投げすぎで肘や肩に障害が出る例が数多く報告されています。体操では無理な減量をさせ摂食障害になったりした例も報告されています。女性アスリートの場合には生理不順の問題も出て来ています。本来、もっと伸びてもいい選手が、行き過ぎた指導、あるいは誤った指導によって、将来得られる利益(お金だけではない)が得られなくなっても誰も責任を取ることはありません。子どもたちの未来に、もっと目を向けるべきでしょう」
 
――柔道の全国大会の廃止の理由には、審判への心無い言葉もあがっていますが、保護者の子どもへの過度な関わりについても聞かせてください。
「SNS社会になって罵声のみならず誹謗中傷が浴びせられるようになって来ていると聞いています。それによってストレスを抱える審判もいるでしょうし、SNS時代に合った審判の立場、選手とコーチの関係なども考えなければならないでしょう。今の時代、選手とコーチの関係では、言葉使いひとつ取ってもパワハラになる事があります。昔の体育会的な考えで、その辛さに耐えたから今がある、という考えの人は減っては来ていますが、まだゼロではありません。もともとスポーツは『余暇』とか、『楽しむ』という所から来ています。昔の軍事教練的な考えとは一線を画すべきでしょう」
 
――体育祭などで順位を決めない、走るのが速い子も遅い子も順位を付けない事がありました。この件に関してのお考えを聞かせてもらえますか。
「順位をつけること自体、悪いとは思いません。ただし、順位をつけることによって、結果を得られなかった子どもたちの人間性まで否定されるものであってはならないと思います。『みんなで手をつないでゴール』がクローズアップされ過ぎていますね。子どもたちは誰が速いかわかっています。そこまで神経質になる必要はないでしょう」
――ラグビーには、小学生の日本一を決めるヒーローズカップがあります。日本には約400のラグビースクールがあり、その内の300スクールが出場する大会です。100のスクールが出場していませんが、人数が足りなくて出場できないスクールもあり、方針としてチャンピオンシップの大会には出場しないと決めているスクールもあります。
「日本一というのがいっぱいあればいいと思います。私は6年生の時に読書感想文のコンクールで全国3番になったことがありますが、嬉しかったですよ。そろばん日本一、習字日本一、ラグビー日本一、ラジオ体操参加日本一など学校に色々な日本一がいてもいいのではないでしょうか。人間には得手不得手がありますから、勉強の得意な子、スポーツが得意な子、歌を歌わせたらうまいとか何か得意なものがあり、それを引き出して行くのが教育で、その意味で私は“文武平等”的な考えがあってもいいと思います」
 
――ラグビーで点数をつけない試合をしている所があります。
「イングランド方式ですね(笑)。それは子どもたちに選ばせればいいと思います。それこそが主体性、スポーツの教育的価値です。私見ですが、日本人はルールを『守る』のは得意ですが、『つくる』のが苦手です。それは子どもの頃の教育に問題がある。『校則を守る子がいい子』的な教育では、もはや世界では通用しません。外交でも金融でも、強い国は自分たちでルールをつくり、それを世界のスタンダードにする。日本人はルールに対する考えがナイーヴで、風下に立つと、いつも『またアングロサクソンの連中にルールを変えられた』と恨み節を口にする。そりゃ子どもの頃から校則を守る子がいい子とされ、実際につくったことのない人間が、大人になって急に『ルールをつくれ』と言われても無理ですよ。私なら子どもにルールをつくらせますね。たとえば真ん中付近にトライしたら10点、端の方なら3点とか。いろいろなルールがあっていい。世界がダイナミックに動いている今、杓子定規な考え方では、世界のスタンダードをつくることはできません」
 
――二宮さんはルール順守の方だと思っていました。
「ルールはつくる、守る、変えるの連鎖によりブラッシュアップされていきます。私は子どものころからクワガタが好きで、クワガタに相撲を取らせるのですが、角を使って相手をひっくりかえし方で点数をつけたり、『一本』などルール作りをしていました。子ども同士でルールを相談していると、コミュニケーション能力も高まります。大人が教えるよりも、子どもたちが話し合ってルールを作る方がはるかにおもしろいものができ上ります。そうした場を提供すのが大人の仕事だと思います」
 
――少子化に伴いスポーツをする子どもの人口が減ってきています。スポーツの種目同士が選手の取り合いのようになって来ています。学校スポーツも変わって来ています。今後の子どもたちはどのようにスポーツに取り組んで行ったらいいのでしょうか。
「複数のスポーツをやればいいのではないでしょうか。一つのスポーツに囲うのではなく、これもやってみる、あれもやってみるという感じで色々なスポーツをやるのがいいと思います。たとえばラグビー日本代表の山沢拓也選手や中村亮土選手はサッカーをやっていてラグビーに入って来ていますが、サッカーで培ったキックを武器にしています。山沢選手は10月29日のオールブラックス戦でもサッカーのドリブルにみたいにしてボールを運びトライを取るシーンがありました。昔で言えばサッカーアルゼンチン代表で欧州でも活躍したバティストゥータ選手はラグビーを経験しています。それが当たり負けしない体、ボディコントロールの巧みさにつながったと語っています。五輪メダリストの柔道の鈴木桂治選手は足技が得意でしたが彼はサッカーをやっていました。このように他の競技で養ったスキルが生きる事が多いですね。アメリカあたりは複数のスポーツをする環境がありますが、日本もこれからそのようになって行くのではないでしょうか」
 
――お好きなスポーツを教えてもらえますか。
「いやスポーツはなんでも好きですよ。選手で言えばグレーテストはモハメドアリかな。来年はラグビーワールドカップがフランスで開催されます。日本代表が活躍して、またラグビーに興味を持つ子どもたちが増えるといいですね」


【二宮清純プロフィール】
スポーツジャーナリスト。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。
1960年、愛媛県生まれ。スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグなど国内外で幅広い取材活動を展開。明治大学大学院博士前期課程修了。
広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。経済産業省「地域×スポーツクラブ産業研究会」委員。認定NPO法人健康都市活動支機構理事。著書に「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」「スポーツを『視る』技術」など多数。

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