【インタビュー】社会で活躍するラガーマン (株)ニユートーキヨー 代表 森一憲様~その2~

OVALROAD ラグビー 森一憲×OVALROAD 村上晃一

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村上 
進学された成蹊大学は、早稲田大学や明治大学が所属する関東大学対抗戦グループに所属しています。大学では強豪校とも対戦されたということですね。

 
当時の対抗戦グループは総当たりではなく、我々は早稲田と明治との対戦がありませんでした。慶應義塾、帝京、日体大あたりとは対戦しました。

村上 
大学の試合はアフターマッチファンクション(試合後の交歓会)があるし、他大学の選手とも仲良くなったでしょうね。

 
本当に仲良くなりますし、今でも対抗戦の仲間が集まる飲み会もあります。慶應、帝京、立教、学習院、東大などの卒業生が集まります。

村上 
他大学の選手と仲良くなるのは、ラグビーの良い面のひとつですね。

 
ラグビーをしているだけで、なぜか信頼感ができるということはありますよね。

村上 
卒業してラグビーを続けようとは思わなかったのですか。

 
私は三菱地所に就職したのですが、その中にあるラグビー部で、仕事をしながらプレーを楽しみました。三菱地所に就職したのは、成蹊大学ラグビー部の2学年上の先輩で三菱地所に入社していた方がいまして、不動産に興味があったこともあって相談しました。すると、ぜったい一緒にやろう、と熱く誘ってくれて、それが嬉しくて就職しようと思いました。仕事もラグビーも楽しかったです。

村上 
ラグビーをしていたことが、仕事に生きたことはありますか。

 
会社にはいろんな部署があり、それぞれと打ち合わせをしなくてはいけません。私の部署はビルを建てる部門でした。土地を管理している部門、ビルを建てた後に管理する部門などいろんな部署と打ち合わせする。同じラグビー部でプレーする仲間がそれぞれの部署にいて、そういう人に相談すると話がスムーズに進みました。他社の方々とも同じようなことがありましたし、ラグビーをしていたことが仕事で役立ったのはたしかです。

村上 
退社されたのはなぜですか。

 
三菱地所には5年務めて退社し、ニュートーキョーに入社しました。私の祖父が創業者だということもあり、戻ってこい、と声がかかりまして。

村上 
不動産業と飲食業では、仕事の内容が大きく違うと思うのですが。

 
三菱地所とニュートーキョーは仕事でも関係があります。不動産を借りてレストランをするのが我々のビジネススタイルですから。三菱地所での経験、ネットワーク、教わったことが役に立ちました。

村上 
組織を動かしていくという意味でも、共通する部分はありますか。

 
それは、ものすごくありますよ。仕事上のコミュニケーションもそうだし、物事の進め方も同じところがあります。

村上 
ラグビーで何を学びましたか。

 
自分の内面のことで言えば、人を尊敬する、信頼する、人から信頼されるようになるなど、生き方についてはラグビーから学びました。人をけなすようなことがあってはいけないとか、正直に生きるということもラグビーで教わりました。

村上 
なぜ、ラグビーをすると、そういったことが学べるのでしょうか。

 
まず、味方を信頼しなければ成り立たないスポーツですから。強いチームでも、弱いチームでも、子供のチームでも一緒だと思いますが、全力でプレーしないと危ないスポーツですよね。相手にすごい勢いでぶつかるのですが、それは憎しみではなく、相手とも信頼し合ってぶつかり合うということがある。マナーも大切にするスポーツで、自然に培われていったと思います。

村上 
森さんは小学生の頃からラグビーをされていて、人格形成の上でも影響を受けましたか。

 
ラグビーが自分を作ってくれたと思います。もしやっていなかったらと、想像するのも怖いです(笑)。なまける人間だった気がしますし、規律の意味も分からなかったかもしれません。規律は、ルールを守る、作戦の約束を守るという意味もあるし、試合の前日にはスパイクを綺麗に磨き、身ぎれいにし、集中して試合に臨むという意味もありますよね。
森一憲様
《プロフィール》
株式会社ニユートーキヨー 代表取締役社長
1968年、東京都生まれ。成蹊大学卒業後、三菱地所株式会社を経て、株式会社ニユートーキヨー入社。入社後は、ニユートーキヨーのノスタルジックな従来の伝統的なビヤホールを継承しつつ、新しい業態(「御影蔵(みかげくら)」「綴(つづり)」「五香路(ウーシャンルー)」等)の開発をてがける。創業家3代目社長。歴代社長としては7代目。
趣味は、ラグビー、マラソン。

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