「Half Time」あの頃の君へ 〜山田章仁〜

「Half Time」あの頃の君へ 〜山田章仁〜

ハーフタイム、それは過去と未来が交わる時間。いくつもの喜びや悔しさを味わった今だから伝えられる言葉がある。写真の中の幼い頃の自分へ声をかけるなら──。楕円球を追いかけるトップアスリートからのメッセージ。

もっと自分らしく。その先にきっと君だけのラグビーがある
「ラグビーっておもしろい」。見る人にそう感じてもらえるラグビーをみせたいと語る山田章仁

「もっと自分を大事に、もっと自由に。走りたいと感じたら、思いっきり走れば良い。周りの声は気にするな。それってわがままかな。でも自分の心にもっと素直であっていい。走りたい。そう思ったら、走りきれ」

写真の中、ボールを抱える小さな少年に向かって山田章仁は優しく語りかける。「いいの?」「もちろん!」。少年とのそんなやりとりが聞こえてきそうだ。

ラグビー元日本代表、現在はリーグワン、九州電力キューデンヴォルテクスでプレーする山田にとって、地元福岡でラグビーボールを追いかけた幼い頃の思い出が今も心の支えになっている。


ラグビーで見つけた僕の喜び
YMCYラグビースクールでラグビーの楽しさを見つけた。写真は小学1年生の頃の山田少年(写真中央) ※本人提供

5歳から地元北九州市のYMCAラグビースクール(現・ヤングベアーズ ラグビースクール)でラグビーを始めました。きっかけは幼稚園の友達に誘われてだったかな。当時は小柄で華奢な少年でした。当時、歳の離れた2人の姉と一緒に遊んでいたこともあり泥だらけになったり、怪我をしたりする激しい遊びとは無縁でした。

ラグビーをやってみて。今でも記憶に残っているのは初めてトライを決めた後、振り返ると仲間たちが祝福してくれた景色。サッカーや野球も体験しました。でもラグビーが一番だった。自分の求めていた「激しさ」があり、喜びを分かち合う「仲間」をラグビーからたくさん得ることができた。

今もこうしてラグビーを続けているのもプレーする刺激はもちろん、かけがえのない仲間の存在があります。YMCAやその後に移った鞘ヶ谷ラグビースクール…、今でもスタジアムで再会する当時の友人もたくさんいます。

大分や長崎のラグビースクールとの交流会、お互いの家でホームステイしたときの思い出、もちろん試合や練習での出来事も。昔のことを話していると、ワッとタイムスリップする感じ。とても懐かしくて愛おしい思い出がよみがえってくる。そんな仲間から「がんばれよ」「応援しているぞ」と言われると元気が湧いてくる。


悔しさをバネに。さらなる高みを目指して
鞘ヶ谷ラグビースクールへ移り、多くの経験を重ねることができた。写真は小学5年生の頃 ※本人提供

もちろん良い思い出ばかりじゃない。悔しい記憶もたくさんあります。同じ福岡県内のライバルチーム、つくしヤングラガーズに勝てなかった試合は今でも時々フラッシュバックします。

試合終了間際、相手が裏を狙って蹴ったボールをキャッチすることができず逆転された。ノーサイドの笛とともにグラウンドに崩れ落ちました。悔しくて悔しくて、泣いても泣いても涙が止まらなかった。最後まで気を抜かない。最後まで諦めない。高校でも、大学でも、そして今も良きライバルたちの存在が成長には欠かせない。

もっと強くなりたい。そんな負けず嫌いの自分に気づけたことも大きかった。全体練習の後や休みの日に友人にお願いしてタックル練習をしたこともありました。今思えば付き合ってくれた友人に感謝です。「ええ〜またかよ」と言いながら何度も本気でぶつかってきてくれた。

公園の薄い芝生の上で日が暮れるまで生タックル。2人だけの“ 秘密の特訓 ”なんていいながら。泥だらけ、擦り傷だらけになって転げ回った。苦手だったタックルに自信を持てるようになり、ラグビーがもっと楽しくなった。もっともっと勝ちたいと思えるようになった。


勝ちよりも大切なものを探して
いつでも全力でプレー。その中で勝敗よりも大切なものをたくさん見つけた。写真は小学6年生の頃 ※本人提供

別に勝つことはそんなに大切じゃない、僕の経験上ね。でも全力でプレーして勝ちにいくことを目指さないとつかめないものがある。つくしヤングラガーズに負けた時もそう。全力を出し切って勝てなかった時にこそ自分の中に見つかる感情や気づきがある。もちろんラグビーは楽しむもの。でも勝ち負けの部分にこだわらなくなってしまうと、大切なものを見失ってしまう気がする。

勝負、そういう意味ではWTBの自分にとってはスピードは勝負どころ。幼い頃はボールを持ったら速く走ることしか考えていなかった。でもスピードが求められるシーンはアタックだけじゃない。ディフェンスであったり、仲間のカバーやサポートであったり、自分の中でたくさんの勝負所を見つけた。後にパナソニック ワイルドナイツ在籍時のヘッドコーチ・ロビー・ディーンズさんからも同じことを言われました。

「君のスピードをもっと活かせる場所がたくさんあるはずだ」

一つひとつのプレーに全力で勝負すれば、勝ち負けに関係なく自分たちの中の大切なそれぞれの“ 何か ”を得られるはず。真剣だからこそその“ 何か ”には価値がある。


今、楕円球を追いかける君へ
「ラグビーは自由に自分を表現するスポーツ。自分らしくあっていい」とプレーへの思いを語る山田章仁

もっと自分らしくあっていい。コーチや仲間がなんとアドバイスしようと、自分がこうしたいと思うプレーを選択してほしい。自分自身をラグビーというスポーツを通して表現してほしい。

もちろん投げ飛ばしたり、蹴飛ばしたりしてはいけないけれど、ラグビーは相手とぶつかったり、倒したり、普段ではできないことが割と許されるスポーツ。ラグビーの本質的な部分にあるダイナミックさを味わうならば、あまり周りの声にとらわれることなくいい意味で「わがまま」にプレーしてほしい。

自分を一番大切にできるのは自分しかいない。きっと迷うことなくプレーする姿を見せることで、周りの仲間たちも自分を信じてサポートやカバーに入ってくれる。

僕自身、自分のプレーを通して見た人に「山田すごい」「ラグビーっておもしろい」「またキューデンヴォルテクスの試合を見に行きたい」と感じてもらいたい。それはピッチの上でも外でも同じ。ファンからサインを求められれば全力で応えたいし、地域活動などにも積極的に関わっていきたい。

ブレることなく、自分らしく。これからも楕円球を追いかけていきたい。




山田章仁 プロフィール

1985年生まれ。福岡県出身。身長180センチ、体重80キロ。日本代表キャップ数25。ポジションはウィング(WTB)。2015年ラグビーW杯イングランド大会では南アフリカ代表を撃破し、サモア代表との試合では身体を回転させてタックルをかわしてゴールへと飛び込む「忍者トライ」で世界をあっと驚かせた。フランスやアメリカでもプレーした国際派ラガーマン。現在所属する九州電力キューデンヴォルテクスでは2024年の1月6日の試合で、史上3人目のリーグ戦通算100トライを達成。

※ジャパンラグビートップリーグとリーグワンの合計プレーオフは除く





(写真・文 イワモトアキト)


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