【インタビュー】旅客機パイロット 日本ラグビー協会 レフリー 神村 英理様 その2~


レフリーとパイロットは重なる部分が多いです

村上 プレーヤーと、レフリーの違いはどんなところですか。
神村 私のプレースタイルは走るのもタックルもガムシャラなものでした。しかし、レフリーはそうなってはいけません。常に冷静に淡々と笛を吹く。まったく違うものが求められていると感じました。

村上 レフリーのほうがパイロットに近いですね。
神村 いろいろな点で必要とされる能力が重なっています。レフリーで指摘されることは訓練でもよく指摘されることです。たとえば、ハイタックルがあったとして、「あっ、これはイエローカードかな?」という揺れる気持ちが表情とか、雰囲気で出てしまうことがあります。それがスタンドから見ていても分かると指摘されたことがあります。パイロットの訓練では、何かしらのアクシデントが起きて、それに冷静に対処しなくてはいけません。頭が真っ白になるのではなく、冷静に状況を見極め、もう一人の操縦士に的確な指示を出さなくてはいけない。これは一例ですが、他にもさまざまな点で求められることが似ています。

村上 もう一つくらい、共通する例はあげられますか。
神村 いかに短い言葉で伝えるかが大切です。頭の中で判断し、状況を整理する能力が求められます。アシスタントレフリーを務めるときも、レフリーに対して必要なことだけを適切な言葉で瞬時に伝えなくてはいけません。正しい言葉を取捨選択し、無線を使って正確に伝えることはとても難しいです。飛行機も同じで、自分で何をして、もう一人に何をしてもらうかを的確に判断する必要があります。
立ち居振る舞いがとても大事、というのも共通している点です。崇城大学に入学したとき、最初に大真面目な顔で教官に言われたことは、「あなたはこのままではエアラインのパイロットにはなれない。卒業までにそのがに股を直しなさい」ということです。飛行機を飛ばすことだけが仕事ではない、お客さまに安心していただくことも重要な仕事のうちの一つ、品性を高めなさいということを教官は言いたかったのだと思いますが、当時はびっくりしました。レフリーでも微妙な仕草や表情一つが、信頼に関わってきたりするので、その点も似ているかなと思っています。がに股……治っているといいのですが。

村上 2人で飛行機を飛ばすというのは、機長と副操縦士ということですね。
神村 そうです。機長と副操縦士は国家資格が違うのですが、飛行機を飛ばすということに関しては、副操縦士がリーダシップをとることもあります。訓練では機長役をすることもありますし、チームでパフォーマンスを最大限に引き上げることが求められます。

村上 いま神村さんは副操縦士ということですが、所属される会社には何名くらいパイロットがいるのですか。また、どれくらいの規模の旅客機を操縦することが多いのでしょうか。
神村 パイロットは約330人います。女性は訓練生を含めて15名。女性の機長も3名います。私がよく操縦するのは、乗客が100名くらいの機体です。

村上 責任の重さを感じませんか。
神村 いつも感じながら操縦していますが、コロナ禍の時は、より一層責任の重さを感じました。公共交通機関なので、お客さんがいなくても飛ばなくてはいけません。コロナ禍では乗客が1人で客室乗務員のほうが多いということがありました。必要とされていることを実感し、いつも以上にお客様の重みを感じました。

村上 仕事での目標を聞かせてください。
神村 直近の目標は機長になることです。そして、大きな夢もあります。整備部門を経験したとき、ボーイング社など飛行機のメーカーと、今のマニュアルで飛行機の安全が担保できるのかという話し合いをしたことがあります。そこにやりがいを感じました。機長の資格を取り、経験を積んだ上でその仕事ができたら、相手に対する説得力も増すだろうし、旅客機の安全についてもっと有益なことを提案できるのではないかと感じています。機長として技術的な部分の業務にも携われたら、航空業界に入った全部の意味が一本になると思うのです。それが大きな夢です。

村上 パイロットとレフリーの二刀流は、これからも続けるのですか。
神村 どちらか選ばないといけないという状況になるまでは、二刀流で行きたいと思っています。

村上 レフリーとして、印象に残る試合はありますか。
神村 今年の夏まで産休をとっているのですが、産休に入る前に吹いた関西大学Aリーグの試合(2023年10月8日、関西学院大対摂南大)ですね。それまで関西大学リーグでは女性がレフリーを務めたことがなかったのです。私としてはあまり上手にできなかったのですが、試合後に摂南大学の瀬川智広監督が握手してくださって、嬉しかったですね。瀬川さんは多分覚えていらっしゃらないですが、7人制代表の練習で一度コーチに来てくださり、その時も握手してもらいました。

村上 レフリーは基本的に選手から不平不満を言われやすい立場ですよね。そのあたりはどう感じていますか。
神村 そうですね。フラストレーションをレフリーに向けることなく、自分たちのプレーに専念してもらうためには、見えていない部分を減らすことが大事だと思っています。なるべくすべてが見える位置に立ち、認識することを心がけています。それでも見えないときはあるので、「ノックオンやん!」とか、言われてしまうことはありますけどね(笑)。

村上 レフリングの信条は「誠実、ていねい」だということですね。
神村 どんな試合であれ、選手にとっては貴重な機会なので、丁寧に吹くということを絶対に忘れてはいけないと思っています。試合ごとに自分自身のレフリングのターゲットはありますが、選手へのリスペクトを持ち、丁寧に笛を吹くことを忘れてはいけないし、安全、公平ということは大前提だと思っています。

村上 レフリーとしての目標を聞かせてください。
神村 直近の目標は「太陽生命ウィメンズセブンズシリーズ2025」のチャレンジャートーナメントがゴールデンウィークから始まるので、そこで復帰して、女子のトップレベルにもう一度戻ることです。その先、レフリーのキャリアをどう作っていくかは模索中です。

村上 後進のレフリーを育てることに興味はありますか。
神村 これまで興味がなかったのですが、子育てをする中で、きのうできなかったことが今日できるようになる喜びを感じるようになり、面白いと思い始めています。

村上 プレーヤー、レフリーの両方をやってみて、ラグビーという競技の魅力はどんなところに感じますか。
神村 制限が少なく自由度が高いところは、私がラグビーをやり始めた頃に感じたことと変わらない魅力だと思います。もうひとつは、15人という大人数でひとつの目標に向かってボールを前に運び、その難しさを実感するところも魅力ですね。

村上 それでは最後に、ラグビースクール生や、保護者の皆さんにメッセージをお願いします。
神村 ラグビーのおかげで、知り合いがいなかった熊本県で今でもつながれる仲間ができました。ラグビーで学んだチームワークはパイロットの仕事にも生かされています。皆さんも、ラグビーを続けて、自分の夢に向かって頑張ってください!


おわり
神村英理
兵庫県出身

世田谷レディースでラグビーを始めて日本代表キャップ5
早稲田大学卒業後日本航空に入社後退社してパイロットを目指す。
現在旅客機の副操縦士とラグビーレフリーの二刀流で活躍。


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